過去の瞑想→未来の瞑想へ

第21話 過去の瞑想→未来の瞑想へ

本来は内観瞑想を徹底的にして、過去を通して自分と言う奴の実態が良く観えた人だけが、次の段階に上がる事が出来ます。

過去の整理が終わったら、今と言う事になるのでしょうが、今の事はちょっと置いておいて、未来を観る、未来を創造する瞑想に入ります。

それが、真我実現瞑想です。

エゴの実現では無くて、その反対側に存在する真我、つまり本心と向き合い、本心と会話し、本心でやりたい事を実現させる為の瞑想です。

イメージトレーニングとも言えます。

ただのイメージトレーニングの場合は、アスリート達に良く使われています。

例えば、ひたすらホームランを打った時のビデオを何回も何回も観て、目に焼き付けて、またホームランが打てるイメージをするのです。

ゴルフでもサッカーでもダンスでも、プレゼンでも営業でも同じです。

が、人生の中でのビジョンになりますから、打てもしないホームランをいつまでもイメージしていても仕方ありません。

本当に自分は、一生涯を野球に打ち込みたいのか?

野球で勝てるのか?

勝てるなら、何で勝てるのか?

コーチの道、監督の道、解説者の道、少年野球か?高校野球の監督か?

現役続行か?
ホームラン打者なのか?
代打なのか?
走塁で勝負か?

真我実現瞑想は、そもそも生きる道を選ぶところから始まるのです

内観がフィードバックならビジョンをイメージする瞑想だと言えます。

人間の未来において、ハッキリ言ってしまえば過去など関係ありせん!

カルマや因縁もありません。

宇宙にそんな法則は無いのです。

ただ、人の心の中にはその法則が息づいています。

つまり、人がカルマや因縁を信じている限り必ずそうなります。

悪い事をしたら悪い事が降りかかる。

それは、その人が降りかかると思ったから降りかかるだけです。

人を殺したら、必ず殺される羽目になる。

そんな事は起こりません。

殺されても仕方ないと思ったから殺されるのです。

つまり、未来は過去とは何ら因果関係は無いのです。

未来に因果関係があるのは、その人が過去そう思った。

そう言った。

そう祈った。

そう決めた!だけなのです。

ですから、過去に取り組んだところで、未来は何ら変わらないのです。

過去に取り組む必要性は、未来をどんな未来にするかとは別の観点です。

過去の一連の出来事から、自分の潜在意識、真我、神を探求する為にあります。

過去の一連の出来事から、自分の自我、エゴ、悪魔を探求する為です。

何をしたかったのか?
何故したかったのか?
何故我慢したのか?

これらの事を見極め、未来に活かす必要があります。

私はこうしたい。
私はこうする。

私はこうしたくはない。

私はこうなりたい。
私はこうなりたくない。

私はこんな自分でいたい。

こんな自分が好きだ。
こんな自分は嫌いだ。

つまり真我を見極め、真我を実現する為の未来をイメージする瞑想です。

自分が思った。
自分が決めた事しか未来は起こらないと言う事です。