盲点をなくし、真実の世界を見る

第11話 盲点をなくし、真実の世界を見る

脳科学とか、脳生理学と言う学問があります。

ん?

おかしいと皆さん思われません?

脳の機能を調べて、脳の働きを解明しようとする学問です。
人間の脳でです。

人間の脳が人間の脳を解明出来るものなのでしょうか?

人間の脳で猿の脳を研究するなら解りますし、宇宙人が人間の脳を研究するなら解ります。

ましてや、人間の脳に関心がある学者には解明出来ないでしょう。

その学者に盲点が存在しているからです。

まぁ、飯を食う為の道具、職業として研究しているフリをするなら別段それは、それで良いのですが。

真実を解明出来るかというとまたそれは別の話です。

人は多くの場合、自分の目にし、聞いたこと、体験した事の中で、見たいもの、聞きたい事だけを認識します。
全てを公平に認識している訳ではないのです。

当たり前の事ですが、関心がある事については、目に入りますし、よく覚えます。

しかし、関心が無い物に関しては、目に飛び込んできたとしても、それがまるでなかったかのように認識をしません。

関心があったら、あったでそこしか見えていません。
関心がなかったら、そもそもそこが見えていません。

つまり、バランスが非常に悪いのです。
アンバランスなのです。

悟りを開くと言う事は、全てを平等に見る眼が出来ると言う事です。
つまり、関心がある、ない関係なく、盲点なく全てが見えるようになるのです。

そうなった時、世界は、今皆さんが見ている世界とは全く違って見えてきます。

見えないところがなくなってくるのです。

近視などで、目が悪く物が見えなかった人が、眼鏡やコンタクトレンズを装着して鏡を見たら、自分の顔の皺やシミにぎょっとするようなものです。

そこにあるにも関わらず、焦点が合わずに全く見えていないのです。
想像するだけで恐ろしくありませんか?

ご自分が、どれほど物が見えていないか想像してみて下さい。

そこにあるのに見えていないのです。

悟った時、自分がどれほど何も見ていなかったかが解る筈です。
一気に鮮明に全てが見えるようになるのです。

見えてしまっている人からしたら、盲点だらけの人達があまりにも物が見えなさ過ぎて驚くほどで

あぁ、危ない!

あぁ、そんなところを歩いて!

あぁ、何でそんなもんを選ぶのか?

見えないという事は、ある種幸せなのかもしれませんが、本当に見えないままで良いのか?です。

自分の顔の皺とシミの存在を理解するのです。

自分がどんな状態かをしっかりと把握するのです。

それを見たくない、聞きたくないと言っている場合ではありません。

見ざる、言わざる、聞かざるは、今すぐに辞めるべきなのです。