1. 自分にとっての快と不快を見極める方法

2. あなたのDoing とBeing

3. 自分の傾向を知る必要性

4. 自分のパターンを手放す

5. 自分を認めることから始めよう

6. 視野を広げるために

7. 自分で自分を満たす

8. 柔軟な思考を持つために

 

自分にとっての快と不快を見極める方法

 

生きやすい人生とはどんな人生でしょうか?

人間はどういう動機で成り立っているかというと、不快を解消したい。と同時に快を得たいと言うものがあります。

これは、物質的な事もですし、精神的な事もそうです。

つまり、生きやすい人生と言うのは、より快適なことを獲得し、より不快なことを排除して行く事になります。

ただ、多くの人は、日常的に無意識に生きています。

この快と不快が出来ずに、流されて行動していることが非常に多いのです。

ですから、自分にとっての不快をもたらすリスト、快適をもたらすリストと言うものを挙げてみるのです。

そうする事で、意識化する事が出来るのです。

分類し、意識する事で、人や物や状況に流されにくくなるのです。

例えば、愚痴が多い人があなたにとって不快をもたらすリストに入っているとします。

もし、その人が向こうから来た時に快か不快かという区別がなかったら流されて、長々と話してしまうと言う事があるのです。

こうなった時に、あなたからエネルギーが流れ出てしまい、非常に疲れる事が多いはずです。

快、不快には、人や、場所、モノなど様々なものがありますが、快適なリスト。不快なリスト。として挙げてみることで、区別ができ、自分で選択をする事が出来るのです。

あえて、話を聞くのか?

話を短く切り上げてしまうのか?

自分で意識をして、選択できるのです。

多くの場合、人は、無意識に行動しています。

しかし、快であろうと不快であろうと、リストアップする事で意識します。

快適なこともリストに挙げる事で、意識をしますので日常生活の中でも、その快適に意識をする事でそこに目が行くようになります。

そうすると、人生全般が生きやすくなるのです。

しかし、人は不快なリストであったり、苦手なものリストであったり、ネガティブなリストはいくらでも出てきますが、快適なリストというのは、中々出てこないものです。

もし、快適なリストがなかなか作れないのであればまず、今、皆さんがいる部屋の温度が快適か不快か?と言ったような事から考えてみると良いのです。

お風呂の温度が自分にとって、心地が良いのかどうか?と言った自分の生活の中でちょっとした事から快か不快か?を意識することから始めてみると良いのです。

まず、自分にとっての快か不快かを区別できるようになる事です。

そうすれば、そのうちに他人の快と不快の区別も理解できるようになります。

 

あなたのDoing とBeing

 

Doingとは、どうやるか?何をするか?です。

行動、方法とも言えるもので、具体的なものです。

一方、Beingとは、どう在るか?です。

心構え、姿勢、意識とも言えるもので、抽象的なものです。

私はどう在るのか?

自分の在り方が大事であると言う事を理解している人は多いでしょう。

在り方とは、ある物事の「当然こうでなければならない」状態や、物事の「正しい存在の仕方」の事です。

そのため、「やり方」、つまりスキルやテクニックなどよりも、その人のあり方、どのような気持ちで物事に取り組むのかが大切なのです。

例えば、セラピストだったとしたら、自分が何をするかと言う事に意識が行き過ぎて、お客様と共にいるという感覚がないセラピストは非常に多いようです。

今、目の前の人が何を欲しているかが重要なのです。

その時の、空気を読む必要があるのです。

そのためには、深呼吸して、一旦、一呼吸おいて、何でも俯瞰で物を見るという習慣が重要なのです。

安定感、安心感、信頼感と言ったものを持てるような在り方の人は、周りの事を信頼しているものです。

相手を自分の思い通りにコントロールしようというような執着があると、周りの人も、自分も疲れてしまいます。

どのような立場の人であったとしても、自分のDoingに重きを置きすぎるとBeingが置き去りになり、関係性の中に不協和音が生じるのです。

他人とのコミュニケーションに関しても、自分が思ったことをいきなり発するのではなく、一呼吸おいて、発する事でコミュニケーションの質が変わってくるのです。

状況判断をして、その人の在り方を見て、その人とはどう関わったら良いのか?

どのようにコミュニケーションを取ったら良いのかを見極める必要があります。

また、自分の状態を俯瞰で観るのです。

1メートル離れた上の方から自分を見て、今の自分の状態はどうだろうか?

安定感はあるだろうか?

周りに対して信頼感を持てているか?確認する必要があります。

その時、自分の思い通りにはなっていないかもしれないけれど、自分を俯瞰してみて、落ち着いた、自分自身で在る事が出来たら、思い通りであろうとなかろうと瞬間のベストな対処が出来るのです。

 

自分の傾向を知る必要性

 

人生を軽やかに生きていくために重要な姿勢があります。

それは、目の前の相手に対してだけでは無く、自分に対してもです。

人は、世の中で生きていく上で、鎧をつけて、強く生きていかなくてはいけない時があります。

しかし、人は弱い部分があったり、または、弱くなっている時、脆い時もあるのです。

それがあってもOKだとする余裕が必要なのです。自分の弱さを受け入れるのです。

また、何が悪いのかに目を向けるのではなく、何が良いのかに目を向けることも必要です。

目の前にある問題解決に焦点を当てた時、非常にエネルギーを必要とします。

もちろん、問題解決は必要ですがその前に、エネルギーを高める必要があります。

どんな時に、エネルギーが高まるかと言うと、嬉しい時、喜んでいる時、楽しい時です。

人とのコミュニケーションの中でもポジティブな事もあれば、ネガティブな事もあります。

常に、ポジティブな面に視点を持っていくとエネルギーが高まりやすいと言えます。

また、自分が求めている状況に辿り着くには、自分自身の心理的なパターンを知ったり、関わる相手との心理的パターンを知ったり、相互間の中で、どのような相乗効果があるのか。

また、反対にどういった足の引っ張り合いがあるのかを知っておくと、効果的に人生を歩むことが出来ます。

思考、信念、感情と言ったものは、人それぞれ独自のパータンを持っています。

そのパターンが、効果的な時もあれば効果的でない時もあります。

ですから、自分がどのような思考、信念、感情を持っているかを把握し、それらが不健全で在れば健全な方向に修正すれば良いのです。

人が世の中を渡り歩いていく時に、持っている価値観が自分の生きやすい人生に役に立つ物かどうかを見極めていく必要もあるのです。

そして、人は皆、イマジネーションの達人なのです。

人は、無自覚に呼吸をするように想像しています。

何を食べるか?

何を着るか?

というのは、目に見えることですが頭の中や、心の中は分かりにくいのです。

私たち人間は、行動する前に必ず想像してから行動に移しているのです。

無意識ではありますが

もし、自分にとってより好ましい結果を得たいのであれば、自分がどうなりたいか?

と言う事をイメージする事が重要なのです。

こうなりたくない事ではなく、こうなりたい事をイメージするのです。

嫌な事ではなく、得たい結果をイメージする事が大事なのです。

そして、それに向けての努力をするのです。

努力をする前に、一体自分は何がやりたいのだろうか?

と言う事を明確にするのです。

望んでいた結果にはならないかもしれません。

自分が想定した以上の結果を得られるかもしれません。

 

自分のパターンを手放す

 

人には、自尊心があります。

自尊心は、自己に対する肯定的な態度です。

その自尊心を正しく保つコツがあります。

どういう時に、自尊心が傷つくかと言うと、子供の頃に、親であったり、自分の周辺にいる自分にとって大きな影響を与える人との関係の中であるパターンを作ります。

そのパターンの中で自尊心が傷つくのです。

このパターンは、人生を切り開いていくためのものです。

幼かった頃に、生きていく上で覚えてしまうのです。

例えば、何でも完璧にしなくてはいけない。と言うパターンがあります。

人生を歩いていく中で、全て完璧にしていくと言うパターンです。

完璧にできない自分は駄目な自分だと思うのです。

また、何でも頑張らなければいけない。

常に努力をし続けなければいけない。

と言うパターンもあります。

これは、頑張った時に親から褒められたり、頑張らなかったら、親から怒られたと言う経験があったかも知れません。

頑張る事で自尊心を保っているのです。

これもまた、頑張れない自分は駄目なのです。

他には、何でも早くやってしまう事がパターンになっていることもありますし、自分ではなく、人を喜ばせる事で自尊心を保っているパターンもあります。

これも同様に子供の頃に親を喜ばせて良い事があったのでしょう。

自分は強くあらねばならないというパターンを持っているかも人もいるでしょう。

いずれにせよ、自分にとってのこうあるべきという信条の下にあなたは生きてきたのです。

そうでない、もしくはそれが出来ない自分は駄目な人間だと自分で自分に

レッテルを貼る訳です。

そういったパターンを持っている人が他人と関りを持った時に相手を通じてその問題をその人の中に見てしまう事になります。

つまり、完璧であらねばならないと思っていた人は目の前にいる人の完璧ではない状態を見て、それを問題視するのです。

本当は、それが問題ではないにも関わらず。

問題をすり替えてしまうのです。

相手に投影をしてしまう訳です。

これは、本当に無自覚、無意識に行われていてしかも、非常に厄介なのが、本人はよかれと思ってやっているのです。

ですから、自分の心理的な課題を整理する必要があります。

自分がどのようなパターンがあるかを理解しなくてはいけません。

理解が出来れば、自分がそのパターンに嵌りそうな時、その事に気付き、コントロールする事が出来るのです。

自分のパターンに気付く事が重要です。

そして、そのパターンになりかけたら客観的にそれを見て、変えていく必要があります。

 

自分を認めることから始めよう

 

人間関係の苦しみの原因の一つである人への期待についてです。

期待と言われるとまず最初に、思い浮かぶ関係は親子関係があります。

親の子供に対する期待があります。

例えば、自分は医者だから、子供にも医者になって欲しいと言った期待です。

これが希望であれば良いのですが、期待となると、そうしなくてはいけない。

そうあるべきと言った執着が入ってくるのです。

期待と言うのは、期して、待つと書きます。

自分は待っている側なので相手次第、環境次第になります。

期待とは、人に対してだけではなく、行政に対する期待、国に対する期待、社会に対する期待もあります。

自分が何か行動出来る時は、心配や不安はないはずです。

ところが、期待している時は、自分は待っている状態です。

つまり、環境次第や人次第になります。

環境や人は、基本的には自分の思い通りにはなりません。

ですから、期待が裏切られるケースは非常に多いのです。

自分はこうなると思っていた、こうなると期待していたのにそうはならなかった時に、人間関係のもつれや拗れが生じるのです。

人間関係は、期待をすればするほど自分の思い通りにはならないのです。

例えば、私は、これだけの事をやっているんだから、感謝されて当然よ。と言った事も期待になります。

「当然」とか「べき」が出てくると、自分が苦しい思いをする事に繋がります。

この感謝して欲しいと言う気持ちは、承認欲求から来ています。

認めて欲しいと思っているのです。

しかし、相手は感謝していない訳ではないのです。

ただ、自分の期待通りの言動を相手がしないから、感謝されていないと感じる訳です。

その時に、自分の心を平安に保つためには、自分が自分自身の事を認めていれば良いのです。

相手がご主人であろうと、母親であろうと、会社の同僚であろうと。

相手が自分のことを認めてくれる事にこしたことはないけれど、相手がどうであろうと自分は本当に良くやっている。

と言ったように自分を認める事ができれば、他人への期待は必要なくなります。

しかし、これは難しい事です。

自分は褒めてほしい、認めてほしいかもしれませんがそれを外に出せば出すほど自分が苦しくなるのです。

しかし、感謝して欲しいならば、直接、口に出して言えば良いのです。

しかし、日本人の特に女性に多いかもしれませんが、口に出さなくても、言って欲しい。気持ちを汲んで言って欲しい。

言わなくても、自分の心を読んで以心伝心で感謝の言葉を言って欲しいとなるのです。

それは、言わなくてもそれくらいわかって当たり前でしょ。

という期待になります。

当たり前。当然。普通。

と言ったところです。

しかし、これは、自分だったらそうする。

普通だったら、当然やるというだけで、相手にとっても普通かはわかりません。

これは、非常にハードルが高いのです。

まずは、自分が自分のことを認める事です。

そして、どういう風に褒めてほしいのか?をコミュニケーションを取っていく事が大事なのです。

 

視野を広げるために

 

問題を抱えている時に、人は誰かに相談します。

また、カウンセラーを必要とするのは悩んでいる時です。

当然のことながら、その人は問題を抱えているので、問題点はたくさんあるはずです。

人は、問題がある場合、そんなことをしてはいけない。とか。

もっと頑張るべきだ。と言うように。

批判モードに入るものです。

しかし、批判というのは、その問題を抱えている本人が既に、自分自身を批判している場合が非常に多いのです。

自分は駄目だと批判をして、そして、誰かに助けを求めて相談するのです。

批判は、自分自身でもして、親や兄弟、友達からもされているかもしれません。

そして、行き場所が無くてカウンセラーに相談しに来るのです。

カウンセリングの最終の目的は、相手の自立です。

自分はこれでOKだ、自分は自分の足で、歩いていける!と言う自信を持つことです。

そのためにも、自分自身を裁かないと言う事です。

批判をしなければ、成長しないのではないかと思われるかもしれませんがそれは、批判と問題提起を混同しています。

これは、自分の問題だと思ったならば、そこに注目をして、それを改善する努力をするしかありません。

何でもOKにするのではなく、これは私にとって問題だなとか。

これはいけなかったなと思って反省をする事です。

では、批判ではなく、問題提起をするためにはどうしたら良いでしょうか?

まずは、裁くのではなく、好奇心を持つことです。

客観的に観察する目を持つのです。

何故、こんな風になったのか?

どういうメカニズムで自分はこうなったのか?

あるいは、世の中にはいろんなパターンがあるんだなとか。

好奇心をもって、その問題に対応することが大事になってきます。

何か、失敗したりした時に自分を責めるのではなくて、ちょっと俯瞰して見てみるのです。

自分は、このパターンで失敗しやすいのだなと観察、分析するのです。

駄目だった。次は、気を付けます!

というだけでは、成長には繋がりません。

自分はなぜこのパターンに陥るのか?と、好奇心を持って、観察をして自分のパターン、癖を理解しようとすると問題の根本に辿り着き解消することが出来ます。

自分を責めなくて良いのです。

何故なら、人は失敗をする生き物だからです。

失敗によって、自分のパターンであるとか悪い癖に気付く事が出来ます。

気付く事が出来れば、それを解消する事も出来るようになります。

自分が正常になっていれば、他人に対して、批判する必要がなくなります。

批判と言うのは、正解ありきの世界です。枠組みがあるのです。

自分がその正解の枠組みに嵌っているか?

相手は嵌っているのか?

と言う視点で見ているのです。

正解は、時と場合、人によっても違います。

一つの枠から物事を見ていると、人生は苦しくなるのです。

ですから、今自分が思っている正解は、本当に正解なのか?を観察するのです。

自分の人生において、今この瞬間、その見方で良いのかどうかです。

視野を広げて様々な方面からの物の見方をすると自分自身を責める事がなくなっていきます。

 

自分で自分を満たす

 

性格的に批判をしやすい人は、世の中にいるものです。

批判とは、怒りを向けることが多いのです。

それは、どういった心理状態から来るかと言うと恐怖から来るのです。

恐怖のすり替えで、相手に対する怒りや批判になっていくのです。

それは、自分自身、自分の人生への信頼が非常に薄いため、他人に対して完璧を求めたり、況に対して完璧を求めて批判する事になります。

自分が完璧でない事が怖いから、相手を攻撃するのです。

もちろん、自分にもダメ出しをします。

完璧ではないけれど全ては思い通りにいってはいないけど、なんとかなる!

今までも、なんとかなってきたし、これからもそうあるという信頼感が自分にあれば、自分を批判する事も他人を批判する必要もありません。

自分自身が完璧主義から脱していれば、相手に対しても完璧を求めません。

批判しなくてはいられない人は、人生が苦しく、満たされていないために、環境や周りの人が完璧にならない限り、自分は満たされないと言う信念があるのです。

それは、不安や恐怖から来ているのです。

完璧でなければ、自分の人生は成り立たないと思っているのですが、実際はそうではありません。

完璧主義から脱け出すためには、好奇心を持つ事です。

私はどういうメカニズムになっているのか?

心をオープンにして自分自身を見つめる必要があります。

批判をしたくなった時、責めたりしたくなった時、まず、自分を見つめて、私は、何故この人を批判したくなっているのだろうと観察するのです。

そうやって、自分から沸き上がった感情や、思った事から本当は自分にはどんな信念や思い込みがあって、それらが自分の人生のおいてどのような影響を与えているかを観察するのです。

そして、自分の問題をクリアし、自分を自ら満たしていきます。

誰かに、何かをしてあげる時、例えば相談に乗ったりする場合はしてあげる側の人自身が満たされている必要があります。

自分が満たされる事によって、満たされるってこんなに心地が良いんだ!

と言う実感が得られるので相手に対する安心感を与える事が出来ます。

しかし、自分自身を見る事ほど難しい事はありません。

しかし、自分と深く向き合う事です。

それが出来た時、他人と関わる事は、分かち合いにしかなりません。

そうなると非常に楽に生きられるようになります。

 

柔軟な思考を持つために

 

世の中には、様々な約束事やルールが沢山あります。

それらは、何の為にあるのでしょうか?

もちろん、約束やルールは守るためにあるものです。

何故、守らなくてはいけないルールを作らなくてはいけないかと言うと、破る人がいるからです。

もしくは、破られる事があるからルールが存在します。

と言う事は、約束やルールは「破られる」と言う本質を持っている事になります。   

残念ながら、世の中にはその約束を「破る」頻度が高い人がいます。

約束をしたんだから、守るべきだと相手に期待をせずに世の中には、約束を守らない人もいると期待すれば良いのです。

言い方を変えれば、約束を守る事を期待しないのです。

約束=100%守るものと言うのは、極端な期待です。

そういう期待は、裏切られるものです。

何故なら、約束やルールは破る人や破る事があるから存在しているのです。

それが前提となっているのです。

青信号や赤信号が設けられているのは、それがないとみんなが破るからなのです。

わざと強制力を持っているのです。

約束もまた同じですが、国や地域が変われば変わるのです。

例えば、沖縄に行くと、沖縄タイム(うちなータイム)と呼ばれるものがあり、沖縄で開催される講演会やレッスンなども5分や10分遅れるのは当たり前なのです。

しかし、誰もやきもきしたりしないのです。

また、インドでは、数時間から半日以上列車が遅れるのは当たり前の事でそれに対して誰も怒ったりはしないのです。

ですから、自分がどのモノサシを使っているかによって違います。

自分はどのモノサシによって期待をしているのかを見ていくと良いのです。

こうあるべきという自分の軸で、そうあるべきだと期待するから苦しくなるのです。

常に視野を広くして、柔軟に人の意見を聞き入れて自分のモノサシだけで物事を判断すると言う姿勢から、離れる事が大切です。