私のがん、父のがん、母のがん

体験談

それは、5年ほど前のことです。

 

私が、マクロビオティックを実践し始めて

3年以上が経った頃でした。

 

自分自身の病気をきっかけに

始めたマクロビオティックでしたが、

 

私自身は病気を克服したものの。

 

その直後に父親は

以前から患っていた大腸がんで

長い闘病生活の後に亡くなっていました。

 

さらに父が亡くなってから

 

母までもが肺がんに侵されたのです。

 

 

 

それを聞いたときは、

 

「私がマクロビオティックのすばらしさを

大切さを伝えていないからだ」と

思いました。

 

だから、なんとか母には

マクロビオティックを実践させて

病気を克服してもらおうと思ったのです。

 

そして、私は

中先生に相談をしました。

 

どんな食事に変えたらいいのか?

をです。

 

「お母さんはそれをしたいと思ってるの?」

という返事が返ってきました。

 

そして、私が母につきっきりになって

マクロビオティックのお料理を作る覚悟があるのか?

ということでした。

 

そして続いた言葉はこうでした。

 

君はな、お母さんをバカにしてるんや。

お母さんに君の考えを押し付けたらあかん。

 

君には、お母さんが失敗の人生を

歩いているように見えるかもしれないけど

そうではないんや。

 

君が成し遂げていないことを成し遂げてはるんや。

それは、君と妹さんをそこまで

育て上げたことや。

 

マクロビオティックによって体が変わり、心の変化を感じていた

私は、マクロビオティックを知らない人、実践しない人を

バカにしていました。

 

そして、それをせずに病気になった母を

バカにしていたことに気付いたのです。

 

それを教えてくれた後に

先生はこうおっしゃいました。

 

それで、お母さんがやる気があるんやったら

教えてあげる

何をやったらいいかは。

 

それはお母さんが選択すること。

 

そして、わたしには母の病気を私が治す!!

母に寄り添って。

その覚悟がありませんでした。

 

母は、結局病院で抗がん剤を

投与することで病気を克服することを

選択しました。

 

母の選択です。

 

どんなにいいことであれ、

その人が心底納得して選択いなければ

根本的な解決にはなりません。

 

もちろん、母も父も

がんになったこと。

 

それは2人とも、

本当にやりたかったことをやらなかったからかも

しれません汗

 

どこかで選択を間違い、

それに気付かなかったのでしょう。

 

 

常々、中先生は

「本来、人は病気にはならない」

 

とおっしゃっています。

 

だけど、

あの時の私は、

確かに母に

「わたし」の考えを押し付けていました。

「わたし」が見つけてきたマクロビオティックというもので

「わたし」が母を治すんだビックリマーク

 

というねじまがった正義感。

そして、母に褒めてもらいたかったんでしょう。

「あなたのおかげで病気が治ったわラブラブ」と。

 

先生から受けた言葉で

母の見方が変わりました。

 

しかしそれはおそらく一瞬だけでした。

 

「わたし」というところからしか
物を見れなかったかつての
「わたし」

マクロビオティックという知識を得た
「わたし」という小さな世界で
母を見ていたのですね。

中先生の言葉に一旦は
「本当にそうだなとうんうん」思ったにもかかわらず。

私は、出来事の一つ一つを偏った側面から

しか見ることが出来ませんでした。

本当の自分からはかけ離れた
嘘の自分が持っているこだわり。

それが真実を見せなくしてしまっています。

その真実に気づかせるための話が
中先生の話です。
えーっと思うこと。

そんなこと私には無理あせると思うこと。

の連続です。

だけどね。

それは私が真実を見えるように
するための、手法だったのだと
今となっては思います。

カチコチ、石頭だったわたし。

だいぶやわらかくなった頭と共に
生きています。

S.Sさんより

 

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