5. 心理学の歴史

フランクル

 

ヴィクトール・フランクル(1905年〜1997年)
精神科医、心理学者
ロゴセラピー提唱者

 

ユダヤ人の心理学者ヴィクトール・フランクルの心理学についてお話します。

彼は、フロイトユングアドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。

ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、収容所での壮絶な体験から得た「人生の目的」と「人間性」について考えた人です。

彼は、フロイトの精神分析、アドラーの個人心理学、哲学者 M・シェーラーの人間学などの影響を受けながらも、独自の思索を展開していきます。

わずか3歳で将来、医師になる決意をしていたようです。

4歳の時には、「いつか僕も死ぬんだ。そうなれば、僕ももう生きていることができないんだ。だとすれば。いったい、僕が生きていることの意味ってなんだろう。」

と人生の意味について考え始めたと言います。

5歳では、避暑地の小さな森で何か大きなものに守られているという感情が湧いてきて、言葉にできない至福感を体験していました。

そして、成長し、やがて医学部に進学します。

卒業後は若くして、学生や失業者が匿名で相談を受けられる青年相談所を開設するなど、各地で講演活動や心理相談活動に没頭していました。

ナチス強制収容所での経験

しかし、第二次世界大戦の中、ユダヤ人である彼はナチスの強制収容所に強制連行され、囚人となります。

最も悲惨な状況において、「いかなる状況でも人生には意味がある」と言うことを身をもって証明することになったのです。

強制収容所から奇跡的な生還を果たした後、収容所での体験を記した「夜と霧」を出版し、世界的なベストセラーになります。

これは、強制収容所での残酷さを告発する書物ではなく、最も非人間的な悲惨な状況においてさえ、精神的な自由や気高さを持ち、人生に意味を見出して生きる可能性が全ての人に与えられているというポジティブな内容になっています。

生きる望みを絶たれるような悲劇的状況においてさえも、「それでも生きる意味はあった」とフランクルは言うのです。

「悲劇に直面していても、幸せな人はいる」と、彼は主張するのです。

人は切実に「生きる意味」を求める存在であり、自分のしていることや人生そのものに「意味がある」と感じられるならば、自分の置かれた状況がどのようなものであっても「生きる力」が湧いてきます。

「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」という言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今でも救い続けているのです。

多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。

ロゴセラピー

また、彼は、ロゴセラピーを提唱しました。

ロゴセラピーとは意味による治療というものです。

人は人生の意味を見失うことで絶望に至り、意味を満たすことで自己を実現するのです。

また、人間は「意味への意志」を持っており、それは「人間の根源的な関心」であると述べています。

ロゴセラピーには意味への叫び、次元存在論、実存の自己超越性、人生のパラドックスという4つの特徴があります。

意味への叫び。

次元存在論。

実存の自己超越性。

人生のパラドックス。

という4つの特徴があると言いましたがそれぞれについて詳しく説明していきます。

まず、「意味への叫び」は何かと言うと豊かになった今日、人はほとんどの欲求を満たすことが可能であるのに対して、存在の意味を満たすことは困難になっています。

Mid Life Crisisと呼ばれるものがありますが社会的に、ある程度の成功を収め、家族とも上手くやっているのに、人生が無意味で退屈だと感じてしまうのです。

人生の無意味感、虚無感、不条理感などの感覚があり、これらを実存的空虚と呼びます。

次に「次元存在論」についてです。

人間は身体的、心理的、精神的な3つの次元からなります。

そして統一的、全体的存在です。

次元というのは、単に身体、心理、精神という要素を足した総和ではなく、多様な次元を含む統一された一つの存在であるとしました。

所謂、ワンネスです。

続いて「実存の自己超越性」についてですが実存(existence)というのは、「私が唯一無二の独自の存在として今ここに現存している」という体験的自覚を哲学的に表現した言葉です。

人間の実存は自己超越的です。

満たすべき意味や出会うべき人といった、自分自身とは違う何か、自分自身とは別の誰かに関わることなのです。

私たちの実存は自己自身の外へ向かって立つという超越的な傾向を備えています。

さて、この自己超越性を実際に実現するには自分自身を忘れること。

自分自身を与えること。

自分自身を見つめないこと。

自分自身の外側に心を集中させること。

が重要なのです。

心理療法がしばしば奨励する内省というのをし過ぎると反省し過ぎることとなり逆に神経症を引き起こす原因になると彼は言っているのです。

自分を忘れること、あまり自分に注意をし過ぎないということで逆説的に自己実現が可能となると彼は言っていたのです。

「人生のパラドックス」については目標に向けて努力すると、かえって得られなくなるものがあり、幸せは、結果として訪れるべくして訪れる。

意図的に目指せば目指すほど、その思いが障害となり、幸せを見失うと言います。

意味を求めているために、人は人生が思うようにいかなくなると「こんな人生に意味があるのか」と虚しさを感じ生きる気力を失っていくことがあります。

これに対して、ロゴセラピーは「人生の意味」を発見する考え方を提示してくれます。

人は苦悩する状況に直面した時に、「自分は本当は、どうしたいのか」「自分は本当は、何を望んでいるのか」と、「自分」の視点を中心にして自分自身に問いかけます。

しかし、そうすると視野が狭まり悩みが深くなるのです。

「自分にできること」「自分に考えられること」という思考の限界が発生しやすくなるのです。

一方、考えるのは同じ自分ですが、「人生からの視点」に問い方を変えると、視野が広がりその他の可能性に目が向くようになるのです。

マズロー

 

アブラハム・ハロルド・マズロー(1908年〜1970年)
アメリカ合衆国の心理学者
五段階欲求提唱者

人間性心理学というのは、これまで説明してきたロジャーズフランクルが研究してきたものがそこに分類されていた訳ですが、

そもそも、人間性心理学は精神分析学、行動主義心理学に対抗する第三の勢力としてマズローによって提唱された心理学のカテゴリーです。

人間性心理学の特徴は、人間の主体性、創造性、統合性に注目し、自己実現や肯定的な側面を重要と考えます。

それが第一勢力である精神分析や第二勢力の行動主義の機械的と言われる理論に対抗する形で展開されてきました。

第一勢力、第二勢力では「病理」から精神分析をすることで、客観的に科学として心理学を解いていたのに対し、マズローは「健康な人」を対象に、主観的でより人間性を重要視した心理学を解いたのです。

五段階欲求

マズローは「生きる」を主として、人間は「自己実現」が最も重要だと考えました。

そしてマズローは「人間の欲求」に注目し、五段階欲求の階層モデルを提唱しました。

人間の欲求には段階があると提唱したのです。

このマズローの五段階欲求はピラミット構造で表現され、人間は下層の欲求が満たされることで、段階的に上位の欲求も目指すようになるというものです。

まず、第一段階で満たしたい欲求として「生理的欲求」があります。

人間の三大欲求である「食欲」「性欲」「睡眠欲」等が当てはまり、これらが満たされなければ生命の維持が不可能になります。

多くの動物がこの段階の欲求の中のみで生きていますが、人間がこの段階に留まることは、ほぼありません。

これが満たされて初めて第二段階の「安全の欲求」が出てくるのです。

雨風が凌げる家を持ちたいとか、病気や事故から身を守ろうとしたり、今の生活を維持するため就職してお金を稼いだりする欲求のことです。

次が第三段階の「所属と愛情の欲求」です。

これは、家族や友人、社会からの受容を求める欲求を指します。

具体的には集団への帰属や愛情を求めるとされる欲求であり、「愛情と所属の欲求」または「帰属欲求」とも表現されることがあります。

この欲求が満たされない状態が続くと孤独感や社会的不安感を覚えやすくなり、場合によっては、うつ状態に陥ることもあります。

第四段階には「尊厳と承認の欲求」があります。

愛と所属の欲求が満たさせると、次に「他人から認められたい、尊敬されたい」という欲求が芽生えてきます。

他人から認められる為に、知識を身につけようと勉強したり、セミナーに参加したり、お金持ちになって権力を持ちたがったり、自我の欲求が強くなるのです。

最後が第五段階の「自己実現欲求」です。

あるべき自分の姿、自分はこんな人間になりたい!という欲求が芽生えてきます。



例えば「自分の能力を生かして、社会貢献したい」とか「後継者をたくさん育てて、日本をよくしたい!」など、自我の欲求から、他人への奉仕へと移ってきます。

この第五段階だけはこれまでの欲求とは少し異なっているとされており、最初の四つの欲求を「欠乏欲求」、最後の一つを「存在欲求」として区別されています。

自己実現を達成できる人はそう多くありません。

自己実現を追求することは難しいのです。

しかし、この自己実現ができるかどうかというのが誰しもが持つ、大きな課題であることは間違いありません。

ワトソン

 

ジョン・ワトソン(1878年〜1958年)
アメリカ合衆国の心理学者
行動主義心理学の創始者

心理学という学問が科学の分野で認められるようになった背景には「行動主義心理学」というものがあります。

これは、ワトソンによって提唱されたものです。

彼は人間の心というのは客観的に見えないという問題を抱えているのだと言いました。

つまり、自分の心を観る、内観すると言ったことでは客観性、科学性に乏しいと考えていたのです。

その人の心を客観的に捉えることが出来るようにある刺激とそれに対する反応(行動)にのみ着目していったのが行動主義心理学になります。

これをSR理論と言いました。

SはStimulus=外部刺激、それによるR、Response=反応です。

人の心は、ある刺激に対してどのような行動をするかで読み取ることが出来るとしたのです。

また、刺激によって、人間の全ての行動を予測もしくはコントロール出来ると考えたのです。

この行動主義から発展していったのが行動療法と呼ばれるものになります。

ワトソンの考え方からさらに発展・修正させて、ハル、トールマン、スキナーと言った心理学者が提唱したのが「新行動主義」です。

これは、SとRの間、つまり刺激と反応の間にはOが入ると言ったのです。

OとはOrganismつまり私たち人間のような生体、有機体が介在して反応に影響を与えるとしたのです。

同じ刺激であったとしても同じような反応になるとは限らない、間に生体、有機体を介在して反応が変わってくるといったS-O-R理論が提唱されたのです。

スキナーらは新行動主義の流れの中で、学習理論に基づく技法として臨床心理学に「行動療法」を取り入れていきます。

そして、その後に現れたのが「認知行動療法」と呼ばれるものです。

これは、内面的な営み、人の心というのは目には見えないけれどもそこの部分は心理学では追求すべきではないかというところからこの動きが出てきています。

行動療法は、唯物主義的で、人間をあたかも機械のように捉えている。

とした認知行動療法は行動療法からするとアンチテーゼになる訳です。

アーロン・ベックと言う人が創始者ですが彼は、人の感情や行動を決めるのは、客観的な現実ではなく、解釈であるとしました。

この解釈の歪みが人間の心を病ませる原因だとしたのです。

認知、つまり、物事の捉え方のことですがこの歪み心の病の原因だということです。

歪みの例としては白か黒か、善か悪か?

グレーの部分を許さず、何でもかんでも白黒はっきりつけると言った考え方が人を苦しめるという二分法的思考があります。

権威がある人が言ったから皆こうなんだとか、普通はこういうものでしょう。

といったような過度の一般化も解釈の歪みになります。

失敗をもの凄く大きく受け止めたり、自分自身が評価されているのに小さく受け止めたりする過大視と過小視もこれに当たります。

また、何でも自分のせいだと思ってしまうこと。

母親が病気なのも、子供が不登校なのも全て、自分が至らないせいなんだと思ってしまう自己関連づけもそうです。

どんなことでもネガティブに受け止めてしまう。

マイナス化思考。

こういう話し方をする人は一緒にいて楽しくない。

など、その人の全てを見たわけでもないのに何でも自分の解釈で決めつけてしまう、レッテル貼り。

何でも、こうするべきだ。または、ねばならない。すべき思考があります。

特にすべき思考は、完璧主義な人に多く見られます。

これらは全て、認知の歪みでありこの歪みを持っていると人は、心を病ませてしまうのです。

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